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旧友と会い、昔を懐かしむ。

  • 2011/08/27(土) 00:32:04

21日(日)に旧友2人が訪ねてきてくれました。大学卒業後5年間お世話になった外資系銀行の同僚です。いわば、「青春の友」であります。

タイトルに「語らい」と記しましたが、女3人が集まれば・・・と容易に想像できるように、「語らい」というよりは「しゃべり倒し」というのが実情でしょうか。11:30に我が家に到着し、その後場所も変えて、解散は22:00過ぎという半日近い「しゃべり倒し」でした(苦笑)。

えぇ、夫は早々に退散モードで、彼女たちが着くなり子供たちを連れて外出してくれました。たまたま地元の子供会のボウリング大会があったので助かりました。午後3時過ぎに夫と子供たちは帰宅し、その後みんなでおしゃべりしていましたが、5時過ぎにふと思い立ち、「すみません、これから女3人で外食に出掛けていいですか?」と夫に対して疑問形ながらも宣告に等しい物言い。夫は一瞬びっくりしながらも「いいよ」と言ってくれました。で、女3人は千葉そごうまで出掛けて、ベトナム料理を味わいながら閉店までいたのでした。

友人たちは一人はまだ現役で外資系銀行で働いているキャリアウーマン、もう一人はロンドンで日本人の夫と子供たち2人で暮らしている主婦です。そして私は千葉の田舎の主婦。2~3年に一度ぐらいしか揃って会えないのだけれど、いつも話題は尽きることなく、そして本音丸出しで話ができることが本当に楽しいです。

青春の友であるので、銀行員時代の話題は恋愛話がメインだったなあ。友人2人のうちA子が結婚を決めた時に、イタリアンレストランで突然「私、結婚することにしたの」と告白しながらぼろぼろと涙を流したこともありました。その涙が決して嬉し涙には見えなかったことなど(その時既にロンドンでの暮らしがほぼ既定路線だったので、彼女は不安に感じていたのでした)を、前回会った時に思い出話として語ったら、「え~、そんなこと覚えているの?」とA子本人も薄い記憶になっていたので、驚いてみたり。

かと思うと、もう一人の友人B子は、ちょっとハンサムくんの(ごめんなさいね、親ばかで。でも実際そう言われることが度々で)、そして性格は母親に似ている長男を見て、「うわ~、あなたに似ているんだったら、この子が大きくなった時、女に刃物で刺されるとかの事件が起きなければいいけどね~」と物騒なこと言うし。

えっ?! 私って当時恋愛関係で何かそんな問題を起こしていましたか? 刃傷沙汰になるようなことはしていないはずでしたが?

B子曰く、傍から見るとどうもそうではなかったようで、まあ刃傷沙汰のほどではなくとも、ちょっとハラハラするようなこともあったらしい。当時からかなりKYな人間だった私なので、私自身は「ちゃんとけじめつけているよ」と思いながらも、実は相手の気持ちを踏みにじっていたのかもしれません。うっ、過去の人たち、ごめんなさい。

息子よ、将来はどうかちょっとぐらいモテるからといい気にならないでくれたまえ。・・・と同時に「全くもてない人生を送るよりマシじゃん」と呟く不遜な私がいる・・・。


近は彼女たちのような古い友人たちと久しぶりに会ったり、語らったりする機会が増え、数ヶ月おきにしゃべり倒しています。昔の、つまりは素に近い私を知っている人間とは、結構毒のある発言をしたりしても「お前らしいな」「○○ちゃんらしいね」って受け止めてもらえるし、また友人たちは頭の良い人ばかりなので話の展開が面白くて、時間があっという間に過ぎてしまいます。

5月には大学時代にドイツへ語学留学した時に知り合った男の子(つまりは20数年来の友人ということ!)と会いました。彼も既に40なので「男の子」というよりは「男性」だけど、お互い当時のままのつもりでいることが恐ろしい。彼にはドイツ語の勉強方法や、ドイツ語を使っての仕事の展望などを聞くために会ったんだけど、某省のキャリア官僚である彼から仕事の話などを聞き、いつもながら刺激を受ける大切な友人です。

その彼は去年スウェーデンに行き、やはり同じ語学学校で仲良くなったスウェーデン人の男の子(ま、彼も今は「男性」ですね)と20年ぶりぐらいに再会を果たしたのでした。ドイツの語学学校では、官僚君とスウェーデン君と私は他の人たちも交えて毎日つるんでおりました。たった2ヶ月間の仲間だったんだけど、この2人はその後の私の人生の選択に大きな影響を与えてくれ、なんだかんだと繋がっていたんですね。

そして去年男同士が再会した時に、私に電話をくれました。ドイツ語仲間だったのに、英語で会話を交わす3人・・・。ま、使う言語は変われど、一気に昔に戻りました。「私のこれからはどうなるのだろう?」と期待感よりは不安感・閉塞感の方が強かった当時。そして彼らとの付き合いで外の世界への憧れや興味がより一層強まり、その後の私の行き先は決定付けられたのでした。ホント、がむしゃらだったなあ、あの頃は。

・・・で、その後何とか新潟の田舎者がドイツの銀行の東京支店に入社でき、友人A子やB子たちとなかなかにきらびやかな青春を過ごし(当時はまだバブルの残照の頃)、「いやいや、私はやっぱり当初の目的を達成するまでは結婚できない!」と気付いて、ドイツで働く道を選択したのでした。そして彼の地で夫と出会い今の私に至る・・・と。


月にはなんとこれまた20年ぶりぐらいに高校の同級生たちと再会します。男子2人に女子2人(私を入れて)というメンバーです。去年の秋に東京で同窓会が開かれたところ、私は末期癌を抱えた父のこともあり参加できなかったのですが、残りの3人は20ウン年ぶりの再会を果たしたという次第。

高校はこれでまた懐かしい時代であります。大学に入るまで自分を「女」として意識したことがほとんどなかったということもあり、友達は男子の方が多かった私。でも、本当に見事に友達付き合いだけで・・・。あとから実はみんなちゃっかりいっぱしの経験をしていたことが判明し、「いつの間に~?!」とショックを受けたり、「やっぱり私ってそういう恋愛対象にはならなかったんだ・・・」と悲しくなってみたり・・・。ま、その後男みたいだった私にもモテ期が到来し、高校時代のそれはそれで楽しい思い出となったから良かった~。

去年の同窓会でのネットアルバムを見ていたら、今度会うA男を認識できなかった私。だって、すらっとして精悍だったA男がぼてっとしていたんだよ~。「A男も出席していたんだから、写真に写っていないはずがない」ともう一度見直して、こいつかい?という人物の胸の名札を拡大してようやく分かったという次第。

この顛末をメールで送ったので、「お前だって同じようなものじゃないか! 会ってすぐにわかんなかったぞ!」とA男から言い返されないようにと、アンチエイジング・ケアに1ヶ月前から励んでいます。そうでなくとも、もう一人の女子は現在某航空会社のフライト・アテンダントで、高校時代はその容姿でみんなのマドンナ的存在。もともと同じ土俵に上がってるつもりもありませんが、せめてもの心がけとしてお手入れをしなくてはね。

その華やかに暮らしているように思えていたマドンナさんが、最近過去世を知ったというメールをくれました。人生の折り返し地点にさしかかり、「私の人生ってこれでいいのだろうか?」「何のために生まれてきたのだろうか?」という問いに答えを見つけられず、行き着いた先が催眠療法だったそうです。みんなそれぞれ悩みを抱えつつ生きてきているんだね。おもしろいよ~。


人になってからの知人友人とのお付き合いでは、常識というか若干の遠慮が求められますよね。でも古い友人との間では、昔と同じような無茶ができたり、取り繕わなくて済みます。それが解放感をもたらしてくれるんでしょう。

子供たちを夫に託して出掛けられるようになったこの頃で、しかも人生の折り返し地点でいろいろ考えてしまうことも度々。そんな時期に解放感を与えてくれる一方で、各人がこれまでしてきた経験などを聞くと、自分への指針になることもあり、様々な気付きを促してくれます。ホントありがたい存在だと感じるんです、最近とみに。

こんな私と友達付き合いしてくれてありがとう。そしてみんなの幸せと健康を心から祈っています。





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