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昨日は父の月命日でした。

  • 2011/05/31(火) 17:12:44

ヶ月弱ぶりにブログに書き込みをします。久しぶりだなぁ、この感覚。

闘病生活を送っていた父が昨年10月末に突然に逝ってしまい、その後私はさまようような日々を過ごしました。
それでも日々の営みは続き、最近では父がいないことを除いてはかつての日常が戻ってきていました。でもブログはもうこのまま放っておくつもりでいました。一種の燃え尽き症候群だったんでしょうね。日常生活のこと以外はする気がまったく起きませんでした。

ところが時間が経つにつれ、家の中や庭の様子も少しずつ変わり、何かしら起きたりすると、「あ、これはブログのネタに使えるかも」なんてふと思っている自分がいました。結構多くの方達からも「最近ブログ止まっているね」とか「近い内に再開してね」なんて言ってもらい、再出発を後押ししてもらった感じです。という次第で、今日からまた少しずつ書いていきたいと思います。


ずは父についての報告です。
去年3月に余命1年と宣告されまして、夏休みを終える頃から段々と衰えが目立ち始めました。やはり医師の診断は間違っていなくて、そう遠くない日に終わりは来るのかなぁという覚悟は持っていたものの、秋のある日、本当に唐突に父は呆気なく逝ってしまいました。2010年(平成22年)10月30日早朝でした。66歳と10ヶ月でした。

10月27日にホスピスに転院させたばかりでした。ホスピスは広い個室で、母のみならずペットのマルチーズの宿泊も認めてもらっていました。母は転院した27日はそのホスピスに泊まり、翌日28日には自宅に帰りました。1ヶ月はホスピスに滞在するつもりで仕度を整えて、30日の昼間に知人にホスピスに送ってもらう予定にしていました。それなのに、突然30日に日付が替わって間もなく父の容態が急変したのでした。

あまりの呆気なさに残された人間には「どうして? どうして?」という言葉しかなく、私は父の遺体の解剖までお願いしたいと考えたほどです。結局は母と弟の反対で解剖はしませんでしたが。今にして思えば、父はそれまでの闘病生活で疲れ果て、もうそれ以上頑張るだとかそういう気持ちは残っていなかったのでしょう。

私たち家族の心の整理がつかないまま通夜と葬儀を迎えました。救いだったことはー同時に大変な驚きでもありましたがー、社葬でもないのに400人以上の方々が通夜や葬儀にいらして下さったということです。父が勤めていた会社の方の意見により新潟市で一番大きな葬儀場を全階借り切り(普通は1・2階と3・4階とに分けて使うそうです)、「いや、それは無謀というか無駄でしょう」なんて私と弟は言っていたのですが、お通夜当日に400人以上を収容できる広いホールが献花で埋め尽くされている様を見た時の驚きといったら!!

私は小さい頃は父のことが大好きで、父が遠くに単身赴任すると聞いた晩は、父の布団に入りずっと泣き続けたほどだったのですが、高校を卒業した辺りから反発のみできていました。父が取締役になった時も「そんなに会社には人材がいないわけ?」なんて厭味を言っていました。それがこのお葬式で、父がいなくなってから、「え、お父さんってこんなに偉かったの?! こんなにたくさんお花を戴くほどの人だったの?!」と気付かされたわけです。

父をよく知る人皆さんが口を揃えて、「今頃『ほら見てみろ』ってすごい自慢げな顔をしていることだろうよ」「『おれの葬式なんだから当たり前だろ』って言っているよな」と話していました。目立つことが好きだった父をあんなに盛大に送ることができまして、本当に本当に有り難く思っています。

葬儀の後ごく親しい方たちが自宅に集まりました(それでも20人近くいらしたんですが)。そこで何をしたかと言いますと、父が大好きだった麻雀です。雀卓を囲んでいない人たちは遺影となった父に向かって、これまであれをされたとかこんなことを言われたと文句を並べていました。その脇では会計を担当して下さっていた方たちが戴いたお香典を整理し始めました。そしてなんとーこれを常識派の友人に話したら絶句されましたがー、みんなでお香典の合計金額で賭けをしたのです! 「ぴったり賞には20万円を差しあげま~す」なんて喪主の弟が叫んだり。

その場にいた全員が「いや~、非常識なことやってんなぁ」と思いつつも、母が先に亡くなったとしても同じことを父はしていただろうと皆が確信しており・・・。そう、我が家ってこういう家庭だったんです(涙)。たくさんたくさん泣きましたが、このような明るい笑いもあった、とても父らしいお葬式でした。


2010年1月 瓢湖にて
まだ癌かなあどうかなあと騒いでいた頃(2010年1月)、白鳥の飛来地として有名な瓢湖にて。


のことは自分の心の整理の意味も込めて今後も機会があれば書いてみたいと思います。
勿論、家のブログとしても、家のことや庭のことを紹介していきます。とりあえず次回は、父が遺してくれたお金を使って植えた記念樹を紹介します。



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