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イエメンの家をご紹介~。

  • 2009/11/28(土) 22:52:27

前回のイエメン続きで、ではそんな場所でマモ家がどんな家に暮らしていたかを今日は紹介致します。

「今までで一番豪華な家」と前回記しました。何を以て豪華とするかにもよりますが、少なくとも広さでは一番豪華でした。なんてったて、地下1階(大家さん所有で私たちは入れなかったけど)地上3階建ての、貧乏人の私たちにとってはまるで要塞のような家でした。

百聞は一見にしかず。
↓外から見た「要塞」。ま、アパートに見えますかね。
イエメンの家 外観
青緑色の石とのツートンカラーの家です。出入り口は写真真ん中の汚い門ではなく、その隣りの模様入りの白色の門です。

この門を入った横に、-大抵のお金持ちの家に付属していますが-門番小屋があり、むさ苦しい男性がそこで暮らしています。客の取り次ぎをしたり、物乞いをあしらったり、私たちが車で出入りする時の門の開閉が主な仕事です。あ、うちは庭の水やりもお願いしていました。


↓玄関。写っているのはドライバー。
イエメンの家 玄関外
彼はイエメン人にしては(って差別的発言?)こざっぱりした男性で、英語も達者だったので非常に助かりました。

木製のドアは、今考えると無垢の木でできたものだと思われ、雨期になると湿気を含んできちんと閉まらなくなりました。一度は夜の間中開放されていて、夜中に布団でマモが「う~」っと唸っていて、何事かと目を凝らしたら、なんと暗闇の中で野良猫がすぐそこにいたこともありました。


↓玄関の内側。玄関を撮るつもりはなく、マモが被写体なので、玄関を紹介するには中途半端な写真です。
イエメンの家 玄関内
この椅子はイエメンのどこかの地方で作られたものです。インドまでは持っていったのだけれど、さすがに日本には置き場所がなかろうとインドに置いてきました。マンション時代には邪魔なだけだったけど、今のトトロの家には使えたのにと残念です。


それでは中に入ったので、1階から。
↓リビングです。
イエメンの家 リビング
ここで一番長く過ごしました。私にとってはとても懐かしい写真です。

ちなみに家具のほとんどはドバイのIKEAで購入して、個人輸入?しました。
カタログで商品をピックアップして、メールだったかファクスで在庫と総重量をIKEAに照会して、それからドバイに夫婦で行きました。
→ ホテルにチェックインして最初にしたことが、イエローページ(日本のタウンページに当たる)から運送業者を探し出し、ドバイからイエメンへの配送が可能かをチェック。
→ その後その運送業者も一緒にIKEAへ行って、総重量1トンを超える買い物をして、配送の手配も依頼。
・・・う~ん、我ながらすごいエネルギッシュだったなあと感心してしまいます。


↓こちらはダイニング。
イエメンの家 ダイニング
このダイニングセットはサナアの高級家具屋さんで買いました。確か中国製。

家具はほとんどが輸入品で、中国、マレーシア、イタリア、ロシア製が多かったです。で、デザインがこんな感じでこってりしたものが多く、おまけに高価だったので、シンプルなものが欲しかった私たちはIKEAからの購入を思い付いたのでした。費用や関税を足しても、このような成金趣味的家具で揃えるのと同じぐらいだったと記憶しています。

1階には他に私のパソコン部屋があり、そして台所がありました。残念ながらお見せできるような写真が残っていませんでした。


それでは、2階へと上がりましょうか。
↓階段もこんなに無駄に広いです。
イエメンの家 階段
夫が出張などで私一人で留守番の時は、神経が図太い私でも結構怖かったです。音が響きますし。


2階は5部屋あります(バスルームを除く)。使い切れませんでした。
↓5分の1。夫の書斎。
イエメンの家 書斎
書斎と言ってもパソコンは1階の妻の書斎にあり、ここはどちらかというと夫のトレーニングルームでした。手前にマシーンの1部が写っていますね。トレーニングルームにローマ風の柱がマッチしていますでしょ? ←冗談。

窓の上に見えるステンドグラスは「カマリア窓」と呼ばれています。「カマリア(ガマリア)」はアラビア語で「月」のことで、月光を美しく取り入れるんでしょうね。この装飾はイエメン建築の特徴の1つです。

そして、この部屋に続いてライブラリーと呼んでいた図書室がありました。これで5分の2。この部屋の写真はなし。


↓5分の3。「マフラージ」とイエメンで呼ばれている寛ぎの場所。
イエメンの家 マフラージ
マフラージは通常屋上など見晴らしの良い部屋が選ばれます。そこで男性たちがわらわらと集まって、カートと呼ばれる葉っぱを噛みながら何時間もまったりと(我々の感覚では「だらだらと」)過ごすのです。

我が家のマフラージは、モスクのスピーカーがすぐ近くにあり、夜明け前にお祈りを呼びかける大声がうるさいので寝室にはできなくて、「しょうがない、マフラージにでもするか」と作られた適当な部屋でした。見晴らしなんて全然ありませんでしたし。でも、この床置きソファーは気に入っていました。日本人向きですよね。


↓5分の4の寝室。
イエメンの家 寝室
寝室の隣りにはクローゼット・ルームとして使っていた5畳ほどの部屋があり、これで2階の5部屋が揃いました。

標高が高く、乾燥していることから、真夏の外気温が35度を超えていても、家の中は涼しくてエアコンの類いはありませんでした。冬は5度前後まで下がることもあり、床も壁も石でできた家の中はしんしんと冷えるのでした。真冬の時期は狭いクローゼット・ルームに布団を移動して、私たちの吐く息で少しでも暖かくしようとしていました。


↓寝室に付属するバスルーム。
イエメンの家 バスルーム
この部屋も無駄に広くて、冬は「寒~い」と文句を言いながらシャワーを浴びていました。トイレの隣りにはビデがありますが、使わないので、雑誌置場になっています。

お湯はタンク式なので、一度に使えるお湯の量には限りがあり、この無駄に広いバスタブには身体が芯から温まるほどの湯量はたまりませんでした。日本に帰る度に、小さい湯船なんだけど、お湯がザブーンと溢れ出るお風呂に入って、「やっぱりいいねぇ」と溜め息をつくのでした。


そもそも、「なぜ夫婦2人と猫1匹だけのためにこんなに広い家に住んでいたのか?」ですよね。答えは簡単。「他に適当な家が見付からなかったから」です。といいますか、外国人に貸し出す家ってどれも似たような感じでした。とにかく広いのです。イエメンでは大家族で暮らすということも関係あるのかもしれません。

この家の特徴の1つに、バスルームが多いことがありました。各部屋に1つのバスルームがついていると思えるほどでした。バスルームって、シャワー付きのバスタブに、トイレがあって、洗面台がついている立派なものです。客人が多い時はバッティングしなくて便利ですけれど、我々にとっては普段は全くの用なしです。


最後にイエメンでの暮らしを象徴すると私には思える写真を紹介します。
↓台所脇の廊下に設置したスチール棚。日本などから買ってきた食材を保管してあります。
イエメンの家 食材用棚
前任地のウズベキスタンに比べれば、物質面ではそんなにひどい状況ではなかったイエメンですが、それでも日本食材はまず入手できないので、年に1回か2回の買い出し旅行の時にどかーんと買ってくる必要があるのでした。

おまけに、当時は子供もいないこともあり、とにかくお客さんが多かったのです。一度に10人以上ですから、使う食材の量も結構なものでした。夜のパーティーのために朝8時から台所に立ちっ放しで、夕方になると腰を痛くしていたものでした・・・(遠い記憶ですわ)。

別な写真には、冷蔵庫2台と冷凍庫1台が写っていました。必要だから揃えていたんでしょうけれど、日本の生活に慣れてしまった今の私には、一体どんな風に3台もの冷蔵・冷凍庫を使っていたんだろうかと不思議に思ってしまいます。


あ、最後に。きっと女性の方は気になるであろう、「一体掃除はどうしていたの?」という疑問に対する答えですが、「フィリピン人のお手伝いさんが週に3回掃除のために来てくれていました」です。

彼女は昼食持参で朝9時に来て、夕方3時か4時まで掃除をしていました。それぐらい広いんです。とても私はできませ~ん。でもお陰様で、埃っぽい彼の地においても快適な自宅ライフを営むことができました。




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